コラム

第114話 骨肉腫珠子の悲しい生涯 その5 最終章

2011年2月に龍馬と凜子の里親になったところから全ては始まった(第1話第2話第3話)。 その後しばらくして、自分の不注意で龍馬を脱走させてしまい(第5話から第22話)、その捜索中に沢山の野良猫に出会い、悲惨な現実を知ってしまった事をきっかけに、ボランティア活動を始めることになった(第23話から第113話)。

時は2016年夏。猫道と呼ばれている猫のたまり場(第28話)で、胸元に大きなテニスボール状の腫瘍を抱えているように見えた珠子を3ヵ月悩んだ挙句保護して病院へ(第110話から第112話)。診断結果は骨肉腫か胸骨腫、そのどちらかはさらに詳しい検査が必要と。しかし、どのみち手術はできないし、助かる見込みはないので検査の意味もなく、痛み止めと補液で苦痛を和らげながら、今後数ヶ月であろう余生を穏やかに過ごさせてやることしかできないという筋書きとなった(第113話)。

骨の癌は痛いと聞く。もっと早くに保護してやれなくて申し訳なかったが、余命が見えてきたぎりぎりのそのタイミングだからこそ、私にも手が出せたのであろう。もちろん保護して検査するまでは何もわからないのだが、結局放置できず、すべてこの「私が出会ったのだから私に救えるはず」という根拠のない賭けで保護。 結果は、私にでも対応できそうな展開に。偶然ではあったが、必然のような気がしている。家には連れて帰れないけど、私からは、あと1ヶ月か2ヶ月痛み止めと栄養補給をプレゼントし、外で腐乱死体で発見されることなく、安らかに最期を迎えられたら、それで許してくれるかな、珠子。

早速病院で目ヤニをとってもらっただけで随分顔つきも良くなったように見える。餌やりさんが面会に行くと嬉しそうに反応したように見え、久しぶりに涼しい室内でゆっくりご飯食べておいしいと思ってくれたように見える。。。と勝手に思うしかない。

入院3日目は土砂降り。保護して本当によかった。末期癌で外で雨に打たれるなんて可哀想すぎる。痛いのか痛くないのかは食欲で判断するしかないのだそう。でも入院してからは毎日完食しているとか。よかった、食べるくらいしか楽しみないよね。
食欲落ちるとまた痛み止のステロイド。それでまた食べれるようになる。そしてまた食欲落ちるとステロイド。それ以外はもう何も検査も治療もしないことにした。残り少ない命、嫌なことはなるべくしないでいようね。

入院1ヶ月後。何度面会に行ってもいつもじっとしている珠子。猫って本当に痛みを隠すと言うけど、顔だけ見ていてもわからない。一度食欲が激しく落ちて危なかったこともあったとか。でも持ち直し、まだちゃんとトイレにも行っているとか。まだ痛み止めを打つ頻度はさほど多くはないと。
偉そうに猫ボラしていると言いながら、実は猫歴長くない私は、自分の猫もまだ若く、看取った経験がない。これから終末に向けて、どうなっていくのか私も全然わからない。一番ビビっているのは私かも。
珠子、また来るね。無理に頑張らなくていいからね、頑張れたら生きててね。

入院2ヶ月。そろそろ危ないのではないかと毎日ドキドキ。見た目は若干やせたかな程度で、激しく衰弱しているようには見えない。初めて珠子に触ってみた。背中はゴツゴツだ。外にいる時には触れる子ではなかった。病院で優しくしてもらって、人間怖くないとわかったかな。ご飯の時間には看護師さんに甘えるそぶりも見せるという。まだ生きてて嬉しいことあるんだね。よかった。

▼初めて触った珠子
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入院3ヶ月目も同じように過ぎていき、4ヶ月、5ヶ月経過。
もちろん珠子の命が続いていることは良いことではあるが、一体どうなっているんだろうかという疑問が私にも先生にも生まれて来た。私は支援金など一切もらっていない個人ボランティアだ。ボランティアの懐事情を理解し、安い価格で入院させてもらっており、必要のない検査や治療はしていない。もう助からないとわかっている珠子に血液検査もレントゲンも不要だ。だから先生も癌がどう進行しているかわからないのだ。とにかく苦しみを和らげる、そして少しでも食べて生きててよかったと珠子に思ってほしい、それが私が珠子にしてやれる唯一の事だと思うからだ。
しかし、優しい先生は、お金はとっていないけれど腫瘍がどうなっているか見るためにレントゲンを撮ってくれていた。やはり腫瘍は確実にゆっくりと進行しているとのことだった。

ベテランボラさんに珠子の話をすると、病院は可哀想だ、家に連れて帰ってやりなよ、と言われる。いや、それはそうだけど、それができたら迷いはない。うちにはこれ以上保護場所はないし、留守も多くてケアしてやれる時間もない。だからいつも保護してやりたい猫を見つけたときに私は苦しみ迷うのだ。確かに病院の小さいケージに長く閉じ込めるのは可哀想かもしれない。でも自宅に連れて帰ることはどうしてもできない私が病気の子を見かけた時は、そのまま放置するのが正解なんだろうか。保護場所を持たない私が保護活動をするのは間違っているのだろうかと悩み迷い、それで出した答えが、やはり放置はできないということだった。余命わずかで苦しんでいる命を厳しい外の環境に晒したまま放置するよりは、病院のケージであっても、保護してやる方がマシだと私は決めたから保護したのだ。それをもう迷いたくなかった。

6ヶ月目。だんだんと痛み止めの効きも悪くなり、投与の頻度が増えてきたと。週一だったのが3日に1回に、そして2日に1回に。でもまだ痛み止めを打てばご飯も食べるし、甘えても来るとの先生の言葉。しかし、痛み止めの注射や点滴も怖いだろうしストレスだろうし、そんなに頻繁に針刺される毎日でも生きてて幸せだと思ってくれるんだろうかと私は思うようになった。いつか詳しく書くが、自分の父が亡くなった時のことも思い出した。先生にも、珠子が最期のたうち回るほど苦しむようになったら、どうか楽にしてやってくださいとはお願いしてあったし、先生もそれはもちろんだと言われていたが、まだその時期ではないとのことだった。そうなのかな、じっとして動かない珠子を見て、苦しいの?痛いの?と聞いてみたが返事はない。先生を信頼し、珠子を託した以上先生には従う気持ちではいたが、長く苦しませてしまったのではないかと正直気が重い毎日となった。

そして7ヶ月目のある日。先生から亡くなりましたと電話。さほど苦しむこともなく、ご飯食べなくなったのも最後の2日くらいだったと。2ヶ月かと思ったら7ヶ月珠子は生きた。それは珠子が最期に保護され、人間にケアされながら、家猫としてもう少し生きてみようと思った意思表示だったのだろう。

私が最後に見舞ってから丁度2週間だったがその時の珠子は、命が2週間のちに消えそうなようには見えなかった。猫というものは本当に苦しみを見せない。元気そうに見えても元気ではない猫は沢山いる。
珠子はたまたま私に出会い保護されたが、ほとんどの外猫は病気になったら誰にも見つけられず、ひっそり一人で苦しみながら亡くなっていく。外の生活は過酷なのだ。野良猫はいつも元気で幸せそうに日向ぼっこしている、外の生活は自由で良いなどと、勝手に誤解しないでほしい。珠子、次は絶対に人間に生まれておいで。

▼最後に見た珠子 亡くなる2週間前
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コラムニスト:Candy (キャンディ)
ネコジルシ:保護猫日記
猫の里親募集:
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大田区の半長毛 貴公子 5ヶ月 ルイ君

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